大阪高等裁判所 昭和46年(ネ)1038号 判決 1973年4月17日
控訴人 英光化学株式会社
右訴訟代理人弁護士 北尻得五郎
同 中村康彦
被控訴人 株式会社大金製作所
右訴訟代理人弁護士 上坂明
同 葛井重雄
同 茂木清
同 津乗宏通
同 浦功
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金四四万五、六〇〇円およびこれに対する昭和四四年九月二八日から完済まで年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文と同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張および証拠関係は、
控訴人において、
一、松本良平が被控訴人に対して有する木箱製品の売掛代金債権は、金四一万七、一五五円である。
二、被控訴人が無効な転付債権者である株式会社近藤六助商店に対してなした弁済は、同商店および執行債務者松本良平に対しては、準占有者に対する弁済として有効であり、同商店の差押命令は、右弁済を受けることにより目的を達して消滅した。したがって、控訴人が差押、転付命令を得た時点では、差押の競合はなかったから、控訴人の得た転付命令は有効である。そして、被控訴人の右弁済は、仮差押命令を得ていた控訴人に対しては対抗することができず、被控訴人は、控訴人の民法第四八一条第一項にもとづく弁済請求に応じる義務がある。
と述べ、
被控訴人において、右控訴人主張一の事実を認めた。
ほかは、原判決事実摘示と同一(ただし、原判決二枚目裏八行目に「債権」とある次に「のうち金三九万六、四〇五円」を付加する。)であるから、これを引用する。
理由
一、次の事実は当事者間に争いがない。
控訴人と株式会社近藤六助商店の債務者であった松本良平は、昭和四〇年一一月ごろ、第三債務者である被控訴人に対して、金四一万七、一五五円の木箱製品の売掛代金債権を有していたところ、右債権について、
(一)同月一二日、近藤六助商店は、同商店の松本に対する債権のうち金四二万一、六九七円を被保全権利として、仮差押をした。
(二)翌四一年一月三一日、控訴人は、控訴人の松本に対する手形金債権のうち金四四万五、六〇〇円を被保全権利として、仮差押をした。
(三)同年六月二三日、近藤六助商店は、松本に対する判決正本にもとづき、うち金三九万六、四〇五円につき差押、転付命令を得た。
(四)同年八月九日、近藤六助商店は、右転付命令にもとづき、被控訴人から金三九万六、四〇五円の弁済を受けた。
(五)昭和四三年一一月六日、控訴人は、松本に対する判決正本にもとづき、前記(二)の被保全債権金四四万五、六〇〇円を執行債権として、本件差押、転付命令を得、右命令は同月六日被控訴人に送達された。
二、そこで、控訴人のために発せられた本件転付命令の効力について判断することとし、まず控訴人の仮差押ないし差押と、近藤六助商店の仮差押ないし差押との間に競合関係がなかったかどうかについて検討する。
同一債権に対する差押または仮差押が競合するのに発せられた転付命令は、転付債権者に優先権があるときのほかは、無効であるから、近藤六助商店が優先権をもつことにつき主張立証のない本件の場合、控訴人の前記仮差押があるにもかかわらず、近藤六助商店が得た転付命令は無効であり、同商店は、被転付債権である本件売掛代金債権を取得できなかったというべきである。ところで、このように転付命令が差押の競合のために無効とされるのは、実体法上の理由によってではなく、執行法上の理由によって、転付命令に執行債権満足の効果の付与が拒否されるためなのであるから、差押によって開始され、執行債権の満足を目的とする全体としての執行手続は、このような転付命令が第三債務者に送達されたというだけでは、まだその目的を達したものとはいえない。したがって、差押が競合するのに発せられた転付命令が第三債務者に送達せられても、当該転付命令申請事件について手続終了の効果を生ずるにとどまり、全体としての執行手続を終了させる効果を生ずるには至らず、差押はこれによって効力を失わないものと解するのが相当である(なお、大審院昭和九年七月九日判決、民集一三巻一六号一二九三頁参照)。このように解するのでなければ、執行法が、差押競合の場合に発せられた転付命令を、一方では、その内容に即した執行法上の効果(すなわち被転付債権の移転の効果)を生じないという意味で無効とし、執行債権の満足を否定しながら、他方において、執行債権の満足を目的として、差押によって開始された全体としての執行手続がその目的を達して終了したとするのは矛盾であり、このことは、執行法上は適法な転付命令が発せられたが、被転付債権が存在しなかったために、実体法上執行債権の満足の効果が得られないことになり、その結果として執行債権消滅の効果を生じなかったものとされる場合や、あるいは、債務名義の送達なしに差押、転付命令が発せられたときのように、転付命令に特有の違法があったわけではなく、執行手続全体に共通する違法があるために、その結果として転付命令も違法とされる場合などとは、事情を異にするものがあるのである。また、転付債権者と他の差押債権者との関係を実質的に考察しても、差押債権者は、転付命令を申請するに際して、他からの差押の有無を当然には知りうる立場になく、第三債務者に対する陳述命令を活用しても、第三債務者の陳述後(書面によるときは発送後)、転付命令送達前に他から差押を受けることもありうるのに、およそ客観的に差押が競合状態にあるのに発せられた転付命令は、債権者平等の見地から、すべて無効とせられるのである。したがって、転付債権者が善意であった場合においても、第三債務者が転付命令の無効を理由に弁済を拒むことができるのはもとより、たとえ転付債権者が第三債務者から弁済を受けたとしても、後日、第三債務者が民法第四八一条第一項にもとづいて他の取立命令を得た差押債権者に重ねて弁済をしたときには、転付債権者は同条第二項による第三債務者からの求償に応じる義務があり、実質的には執行債権の満足を受けなかったのと同じ立場におかれることになるのである。それにもかかわらず、右のような転付命令の第三債務者への送達により、転付債権者は差押の効力までをも失うものとすると、転付債権者は、配当に与ることもできなくなり、ことに本件の場合のように、他の差押債権者が一名であるか、あるいは数名であってもその間に差押の競合がないときには、これらの者は転付命令を得て、第三債務者から独占的な弁済を受けることができるのに対し、さきの転付債権者は全く無視されることになる。しかし、転付債権者にこのような危険までを負担させることは妥当でなく、債権者平等の見地から差押競合の場合の転付命令を無効とした趣旨にももとる結果となるのである。
この点に関し、控訴人は、被控訴人が近藤六助商店に対してなした弁済は、同商店および松本に対しては有効であり、これにより同商店の差押は目的を達して消滅したと主張するけれども、右弁済が準占有者に対する弁済として有効とされるのは、被控訴人と近藤六助商店および松本との関係においてであり、当時仮差押債権者であった控訴人に対しては右弁済をもって対抗することができない関係にあるのであって、控訴人において右弁済を否定し、民法第四八一条第一項にもとづいて、被控訴人に重ねて弁済を請求する以上は、控訴人との関係で近藤六助商店、被控訴人あるいは松本の法律上の地位を検討する場合にも、右弁済はなかったものとして考えなければならない。控訴人が、一方では近藤六助商店に対する被控訴人の弁済を否定して、第三債務者に二重の弁済を求めながら、他方において、右弁済が有効であるから転付債権者の差押は目的を達して消滅したと主張することは許されないものというべきである。したがって、控訴人の右主張は採用できない。
そうだとすると、近藤六助商店の差押の効果は、同商店のための転付命令が被控訴人に送達されたことによっても、あるいは同商店が被控訴人から弁済を受けたことによっても、消滅することなく、なおその効力を存続しているものといわねばならない。
ところで、近藤六助商店の差押、転付命令は、弁論の全趣旨からみて、実質的には仮差押執行の本執行への移行としてなされたものであることが明らかであり、前示当事者間に争いのない事実によると、仮差押の被保全権利が金四二万一、六九七円であったのに対し、差押、転付命令の執行債権は金三九万六、四〇五円に減少しているけれども、成立に争いのない乙第一号証、第三号証によると、右金三九万六、四〇五円は、仮差押の被保全債権の全部ではなく、元本債権の内金であることが認められるから、右減少部分につき仮差押が当然に効力を失ったものとすることはできない。したがって、松本の被控訴人に対する本件金四一万七、一五五円の売掛代金債権については、近藤六助商店のために、金三九万六、四〇五円の部分に対する同額の執行債権による差押と、その余の金二万〇、七五〇円に対する被保全権利を金二万五、二九二円とする仮差押がその効力を保持していたものというべきであり、その全額が同商店のために差押または仮差押の対象とされていたのであるから、それにもかかわらず控訴人のために発せられた本件転付命令は無効であって、控訴人は、被転付債権である本件売掛代金債権を取得しえないものというほかはない。
それゆえ、控訴人のための本件転付命令の有効を前提とする控訴人の請求は理由がなく、これを棄却した原判決は正当であって、控訴人の控訴は理由がないから棄却を免れず、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩本正彦 裁判官 日野達蔵 平田浩)